//もう一つの石川県産ゆず「金沢ゆず」 農家・田中礼奈さんが描くゆず業の未来

もう一つの石川県産ゆず「金沢ゆず」 農家・田中礼奈さんが描くゆず業の未来

石川県内のゆず産地は国造だけではないことをご存知だろうか。

金沢市浅川地区で生産されているゆず、その名も「金沢ゆず」。2017年から金沢ゆず香るん祭りの開催が始まるなど、近年盛り上がりを見せている。

金沢中心部から山側へ離れたところにある『きよし農園』を訪れ、親子で金沢ゆずを栽培する田中礼奈さんにお話を伺った。

 

金沢の地が育むのは、優しい味のゆず

「ここ浅川地区で育てられたゆずが金沢ゆずと呼ばれます。

国造ゆずと同じで寒暖差が激しい地域で育つため、皮が厚くなって香りがよいことが特徴です。アクが少ないというか、優しい味のするゆずだと言われることも多いです。

本格的な栽培が始まったのは昭和50年頃から。それ以前から各家庭の庭にゆずが植わっていたこともあって、祖父がここをゆずの産地にしようと思い立ち、約200本のゆずの苗木から始まったみたいです。

その後どんどん増やしていって、平成30年には約1300本になりました。生産者は現在13人で、今年さらに4人増えるかもという話もあります」

 

 

国造ゆずが直面する後継者問題を考えれば、順調な売れ行きを維持し年々生産者が増える金沢ゆずは非常に理想的に見えるが……。

 

「いえ、今いる生産者もやっぱりご高齢なんですね。私以外で若い人は、父含め3人で50歳。後継ぎがいるのは1軒。残りの9軒は70~80代で、後継者もいません。新たに入る4人も、2人は70代です。なので全然大丈夫ってことはやっぱりないですね」

 

就農して3年、やっぱり農業は楽しい!

 

礼奈さんは平成28年の就農以来、若手女性農家として注目を集める存在でもある。農業を始めたきっかけを伺ってみた。

 

「農家だった祖父母の手伝いを休日はしとって、面白いなーと思っていて。もともと農業は好きでした。ふと農業って食を支える無くてはならない職業やし、これからは農業の時代じゃないかと。跡を継ぎたいと思っていた時に、祖父が病気になってもう農業できなくなってしまった。跡を継いでくれと言われたし、自分の思いも一致したので就農しました。

それから3年経ちますが、やっぱり楽しいなって思っています。当初の想像を超えるひどい職業やなって思う部分もありますけどね。天候に左右されるし、こんなにも安く叩かれるんやって思ったりとか。でも楽しいし、辞めたいとは全然思わないですけど。

一番楽しい瞬間は、お客さんに美味しいって言ってもらった時かな。基本うちは市場には出さなくて、直接の取引とか直売所に卸したりとかが多いんですね。

なのでお客さんが『あんたんとこの美味しいわー』って褒めてくれたら本当に嬉しいし、やっとって良かったなって一番思う時ですね」

 

生産以外にも、金沢ゆずのPRにも積極的に取り組む。金沢ゆず香るん祭りを中心となって企画したのも礼奈さんだ。

 

「他の生産者さんは浅川地区を売り出したい思いがあるみたいで、その先輩方の思いをどうにかできんかなと思って。産地に来てもらえてゆずも知ってもらえてって考えたらやっぱり祭りやろと。生産者以外の人たちも含めて産地全体が楽しくおれればいいなって開催しました」

 

金沢ゆず香るん祭りは第1回で5000人、第2回で6000人もの人が集まった。取組みの効果は着実に表れている。

 

「それまで“金沢ゆず”でなくただ“ゆず”を欲しいっていうお客さんが多かった。香るん祭りをして金沢ゆずがテレビとかメディアで取り上げられてから、料理屋さんやお菓子屋さんから金沢ゆずが欲しいって言われるようになりました」

 

目指すはゆずを通じた地域活性化

同じ石川県内のゆず産地として、国造ゆずとの関わりはあるのか伺ってみた。

 

「ゆず祭りを初めて開催するに当たって、国造ゆず農家の塚田さんに教えてもらいに行ったことがあって。塚田さんは塚田さんでゆず栽培を始める十数年前に、私の祖父に栽培方法を教えてもらったらしくて。

祖父から塚田さんに、塚田さんから私にって、なんかこうご縁ってすごいねって盛り上がってたんですよ。

今でも国造ゆずとは参加するイベントやプロジェクトが重なることが多くて、塚田さんとご挨拶する機会は時々あります。

国造ゆずは、いろんな事されとるなって思います。町が一体になってゆずを盛り上げようってされてるイメージがあって。生産者だけじゃなくて、色んな方が関わろうとしてる。それってすごいことっていうか、素敵やなって思います」

 

お話の中では、金沢ゆずと国造ゆず、同じ北陸のゆずとして力を合わせて日本全国・海外へ向けその魅力を発信していく可能性を探ることができた。

 

 

最後に、礼奈さんに農家としての今後の夢を語ってもらった。

 

「もっと金沢ゆずを知って欲しい、五郎島金時なみに。金沢ゆずが当たり前に知られている存在になりたいなとは思いますね。そのためには生産量増やさなきゃいけないし、生産農家も増やしていかなきゃいけない。新たにどんどん植えていかないと、金沢ゆずの知名度上げたいわーって言っていても物が無かったら何にもならんし」

 

現在600本を育てるゆずの木を5年後には1000本にしたい、と力強く話してくれる礼奈さん。方向性に迷う部分はありつつ、金沢ゆずもそれを育む地域も盛り上げていきたいという思いははっきりしている。

 

「私は正直、特に浅川地区っていうところにこだわらなくていいというか、市内で育てているなら金沢ゆずと言っていいと思っていて。

ただ、ここはちょっと迷っているところなんですけど、金沢ゆずが知名度上がるとともに浅川地区が有名になればいいっていう他の生産者達の思いを一緒にかなえられたらいいなって。

個人の思いとしては、金沢ゆずと一緒に湯涌含め周辺全部の地域が一緒に盛り上がればいいなって、ゆずを通して地域活性化していきたいです」

 

 

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坂田柚子香

書いた人

東京大学農学部3年生。フィールドスタディ型政策協働プログラム2期生。群馬生まれの東京育ち。中山間地域での課題解決を学ぼうと、2018年夏から国造ゆずに関わり始める。都会に住む学生としてどのような関係を国造地区と築いていけるか模索中。