//【国造柚子農家・塚田さんinterview】柚子を作っているのは、柚子を大好きな人

【国造柚子農家・塚田さんinterview】柚子を作っているのは、柚子を大好きな人

能美市の中山間地域で生産される国造(こくぞう)柚子。約1.2haに約700本の木があり、生産の中心地となっている“柚子団地”で栽培に取り組む国造柚子生産組合会長・塚田良三さんにお話を伺った。

食べて安心な柚子はこうして生まれる。

「まず年初めには剪定というものを行います。ゆずは非常に成長が早いんで、一年に1mほど伸びる。その剪定を冬の間に行います。

それが済みますと草刈りですね、4月5月あたりになりますとどうしても下の雑草が生えてきますから、草刈りをする。これを年に4回〜5回ほど行います。そして肥料をやるんですけれども、特にこの国造柚子は有機質の肥料を使ってます。例えば鶏糞とか米ぬか。

9月に入ってから中頃までは摘果(※余分な果実を間引くこと)をします。柚子というものはすごく裏年と表年の差が激しいんで、表年にはやっぱり摘果をしないといい柚子にならない。

そして10月下旬から11月には収穫に入ります。収穫が済みますとお礼肥えといって、よく生ってくれたという意味で、また有機質の肥料を少しやります。雪がなければまた剪定に入ったりします。それが大体一年の作業ですね。」

 

柚子栽培で最も大変な農作業は収穫だという。

 

「柚子の木にはトゲがあるんです。だから収穫に時間がかかる。革手袋に穴空くからね。

それから、収穫の時期も難しい。この辺は北陸ですから、年によって11月から12月にかけて雪があるでしょ。雪が降る前に収穫しないと痛むんですよ。柑橘類は雪に弱いから。」

 

 

実際に、奥まった位置に付いている実に触れようと手を伸ばすと、気を付けていてもすぐ鋭いトゲが手に刺さって、予想外に痛い。

しかも、塚田さんが育てる柚子の木は人の背の2倍ほど高く伸びている。これでは木の上部に生った実を取るのはさらに大変そうだ。

そんな柚子の姿は、できるだけ自然の力に任せて育てたいという塚田さんの思いを反映したものだ。

 

「よそとは違うものを作ろうとね。国造ゆずの魅力は、無農薬ということ、化学肥料が使われていないということ、除草剤も使われていないことだと思う。そしてそれが30年以上続いていること。

消費者の方には安心して食べてほしい。」

 

塚田さんは丹精込めて作った柚子をたくさんの人に知ってもらおうと、さまざまな活動を行っているという。

 

「いしかわ動物園のカピバラという動物なんですけれども、それがすごくお風呂が好きなそうで、そのお風呂に入る時に柚子を提供しております。それと地元の小学生が授業の一環で年に3回か4回柚子を手伝いに来てくれます。柚ゆうゆうクラブさんという民間団体でイベントがある時は、柚子を持ってったりしております。

去年は何とかして東京の皆さんにも食べていただきたいなと思って、東京の自由が丘というところに販売に行ってきました。

やっぱりね、柚子をあんまり知らない方もおいでましたし、柚子という美味しいものがあるんだということで感銘を受けたと言いますか、評判が良かったようです。」

 

はじまりは、ものすごく美味しい柚子味噌の記憶

 

 

ファンイベントがあれば顔を出したり、東京で出店があれば自ら出向いたり。国造柚子のために80代とは思えないくらいパワフルに動き回る塚田さんの、柚子との出会いはどのようなものだったのだろうか。

 

「子供の時に、うちのばあさんが国造地区へ嫁入りしとったんです。秋が過ぎると里帰りするんですが、その時に国造地区では庭先に柚子があるもんだから、それを持って帰ってきて、わしらに柚子味噌作って食べさせた。それがものすごい美味しかったんですよ」

 

塚田さんが子どもの頃、果物は珍しかった。そんな中で、夕飯にごはんの上にかけて食べる柚子味噌を毎年楽しみにしていたという。

塚田さんは長年辰口の土地でコメを作ってきた。柚子団地で栽培を始めたのは16~7年前だ。

 

「もともと栽培されていた方が年を取られて、ほったらかしにしてあった畑を見たんです。柚子が黄色くなっているのに収穫されていないのを見て、こんなに美味しいものをもったいないと思って、その人に畑を借りて管理するようになったんです。」

 

柚子を育てる達人は、柚子を楽しむ達人でもある。

 

 

柚子生産を始めてからは、家庭で日常的に柚子を食べるようになったという。

 

「魚が苦手だったんだけど、柚子を絞ってかけると魚の臭みがなくなって美味しく食べられるようになった。柚子は食べ物になんでも使える。ほぼ毎日食べてます」

 

「柚子」と聞いてすぐに思い浮かぶのは柚子湯だが、料理にかけても飲み物に入れても、柚子は万能で便利だと奥さんは教えてくれる。

実際、おうちに伺った時にはお手製の紫蘇ジュースに添えて柚子果汁を出してくれた。そのままだと甘みの強いジュースも、柚子を混ぜれば爽やかな酸味が加わってまろやかなドリンクに!

奥さんは笑って言う。

 

「醤油に混ぜても美味しいわ。食べる以外にも、タネからエキスが出るから、手につけるとすべすべ。柚子の加工場で仕事しとったらみんな手がすべすべになる」

 

ゆずを収穫すると、農家みんなが集まって手作業で果汁の瓶詰めをするという。

果汁搾りは和気あいあいとした雰囲気で行われており、農家同士の大切なコミュニケーションの場になっているようだ。

農家間以外でも、柚子栽培を始めたことでコミュニティが広がったと塚田さんは話す。

 

「市の方や地域団体の方、研究者の方など、皆さんに協力していただいて。

おかげさまで国造柚子を認めてくださる方が増えてきて、昨年(平成29年)には完売しました。

本当に協力してくれた人に恵まれました」

 

これからも柚子を愛し続ける。

 

 

最後に、今後の目標を伺った。

 

「柚子の活用方法を知らない方が多いのが残念ですね。もうちょっと色々、柚子の楽しみ方を地元の皆さんと探っていきたい。

あとは果汁を絞った後の柚子の皮をまだまだ活用したいです。

柚子団地はだんだん老木化が進んで枯れてる木もあるから、去年あたりから苗作って補植しようと。団地をちょっと広げていけたら」

 

とにかく柚子を愛してやまない塚田さん。現在の国造柚子があるのもその人柄があってこそ。

これからも国造柚子を守り、その魅力を伝えたいという熱意は冷めない。

 

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坂田柚子香

書いた人

東京大学農学部3年生。フィールドスタディ型政策協働プログラム2期生。群馬生まれの東京育ち。中山間地域での課題解決を学ぼうと、2018年夏から国造ゆずに関わり始める。都会に住む学生としてどのような関係を国造地区と築いていけるか模索中。