//ゆず団地で育つ「国造ゆず」とローカルに出回る「庭先ゆず」

ゆず団地で育つ「国造ゆず」とローカルに出回る「庭先ゆず」

豊かな自然と伝統文化が残る北陸・石川県。北陸新幹線が開通して3年、多くの観光客が訪れ、伝統文化に親しみ、海や里山の恵みのごちそうを堪能する姿があちこちで見られ活気づいています。

特に石川県金沢市は古くからの文化が残り、伝統工芸が集積。伝統的な建物や庭の風景も数多く、近年海外からも注目を集める都市となっています。その金沢から車で30分程の場所に位置する能美(のみ)市には懐かしい里山が残る国造(こくぞう)地区という地域があります。その一角に30年以上無農薬でゆずを育てている通称「ゆず団地」があることは地元でもほとんど知られていません。

国造地区では昔から農家の家にはゆずの木を植えるのが常識だったそうです。今でもゆずが色づく10月ごろには軒先きに黄色いゆずが実っている光景を目にします。各家庭では新鮮なゆずを使った「ゆず味噌」を作り、炊きたてのご飯にのせて秋の恵みを楽しんでいることからもこの地域の人々とゆずとの密接な関わりがわかります。国造地区で本格的にゆずの生産がはじまったのは昭和の終わり。当初は40 数戸の農家がゆずを栽培していたそうです。しかし、今はわずか6戸まで減り、生産者の平均年齢は80歳を超えています。一方で桃栗三年柿八年、柚子の大馬鹿十八年ということわざがあるほど果樹を植えたら食べられる実がなるまでに相応の歳月を待たねばならないわけですが、ここのゆずは18年をとうに過ぎ、30年あまり経った木々の枝にたわわに実のったゆずをみる光景がここ何年も見られるようになりました。

実はこの国造ゆず、生産し始めてから30年あまり、農薬を使わずに米ぬかなど農家かからでる有機肥料だけで育てられているのです。ゆず栽培を始めて数年間は手がまわらなくて結果的に農薬を使わなかっただけと笑う農家さんですが、あるとき初代生産組合長の提案でこのまま農薬を使わないで育てようと皆で決め今に至るそうです。

 

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森進太郎

書いた人

国造地区ゆたかなくらし協議会会長。石川県在住。国造ゆずとそれを取り巻くライフスタイルに惚れ込み、産業化を支援できないかと模索している。商品企画会社を経営する経験を生かし、国造地区のキーパーソンとともに商品開発に携わったり、都市部のクリエイターを招聘し、国造ゆずのブランディングに取り組むなど、多彩なプロデュース活動を行う。